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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)164号 判決 1996年8月09日

和歌山県和歌山市駿河町12番地

原告

株式会社 駿河屋

同代表者代表取締役

岡本文之助

同訴訟代理人弁護士

美村貞夫

宍道進

美村貞直

同訴訟復代理人弁護士

藤井文夫

大阪府大阪市東住吉区住道矢田1丁目22番2号

被告

株式会社 河内駿河屋

同代表者代表取締役

桝井彌太郎

同訴訟代理人弁護士

村林隆一

今中利昭

吉村洋

浦田和栄

松本司

岩坪哲

田辺保雄

同訴訟代理人弁理士

鈴木武夫

鮫島武信

主文

特許庁が昭和59年審判第22591号事件について平成6年5月2日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、別紙に表示するとおりの構成よりなり、指定商品を第30類(平成3年政令第299号による改正前の商品区分)「菓子、パン」とする登録第1439644号商標(昭和51年5月10日登録出願、同55年10月31日登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、昭和59年12月14日、本件商標の登録無効審判を請求し、昭和59年審判第22591号事件として審理されたが、平成6年5月2日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年6月8日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

(1)  本件商標の構成、指定商品、登録経過は前項記載のとおりであり、現に有効に存続しているものである。

(2)  請求人(原告)が本件商標の登録無効の理由に引用する登録第553169号商標(以下「引用商標A」という。)は、別紙に表示するとおりの構成よりなり、第43類(大正10年12月7日農商務省令36号をもって公布、同年1月11日より施行された商標法施行規則1.5条に規定する商品類別)「羊羹」を指定商品として、昭和26年9月17日に登録出願、同35年7月21日登録、現に有効に存続しているものである。同じく、登録第553170号商標(以下「引用商標B」という。)は、別紙に表示するとおりの構成よりなり、第43類(同上)「羊羹」を指定商品として、昭和26年10月22日に登録出願、同35年7月21日登録、現に有効に存続しているものである。(以下、引用商標A及び引用商標Bをあわせて単に「引用商標」という。)

(3)  請求人は、「登録第1439644号商標の登録は、これを無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由を以下のように述べ、甲第1号証ないし甲第97号証(枝番を含む。審判時の書証番号)を提出している。

<1> 本件商標は別紙に表示するとおりの構成よりなるが、その構成中「株式会社」の部分は需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することのできない、いわゆる特別顕著性のないものである。また、他の構成部分である「河内」は地名ないし、昔の国の名であってこれには特別顕著性がないのである。したがって、本件商標の要部は「駿河屋」である。

<2> 「駿河屋」は煉羊羹、本の字饅頭、および落雁を中心とする菓子一般の営業ならびに、その商品を表彰する商標として現に周知著名であることから、本件商標をその指定商品に使用することは、その要部である「駿河屋」が商標法4条1項15号でいう「他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある商標」に該当し、したがって同号に該当するものである。

<3> 請求人は、菓子一般について周知著名な「駿河屋」なる商標を有し、この商標と本件商標の要部である駿河屋とは同一であり、本件指定商品とも商品は同一または類似であって商標法4条1項10号に該当するものである。

<4> また、本件商標は、その先願にかかる引用商標と商標において類似し、かつ、商品において類似するものであるから、商標法4条1項11号に該当するものである。

以上で明らかなように、本件商標は商標法4条1項10号、同11号及び同15号に該当するものである。

そこで、本件商標登録無効審判を商標法46条に則って請求する次第である。

(4)  被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由を次のように述べるとともに、証拠として乙第1号証ないし乙第128号証(審判時の書証番号)を提出している。

<1> 請求人は、審判請求書の申立理由において、本件商標の要部は「駿河屋」の文字からなる部分であると述べられている。しかし、本件商標の要部は、「河内駿河屋」の文字部分にあり、「駿河屋」の文字部分にはない。本件商標の構成中「河内駿河屋」の5文字は、同一の書体、同一の大きさ、同一の色彩にて表されている。しかも、同一の文字の間隔によって均一に表されている。例えば、「河内」の文字と「駿河」の文字との間の間隔を大きくするということは一切なく、同一の間隔で「河内駿河屋」と連書されている。したがって、外観上「河内駿河屋」の5文字の結合は強く、この5文字を二つの部分に分離して観察するのを相当とする要素は何も存在しない。

さらに、「河内駿河屋」中の「屋」の文字は、屋号の一部として広く用いられている文字である。そして「屋」の文字の前に各種の文字を付して、全体で一つの屋号を表示する用例は、一般に広く行われているところである。特に本件商標の指定商品たる「菓子、パン」に関する取引分野においては、「屋」の文字を含む屋号が菓子等の製造者、販売者を示す屋号として好んで用いられている事実は御庁(特許庁)においても周知の事実であると思料する。

また、本件商標は「河内駿河屋」の左に「株式会社」の4文字を小さく二段に表してなる。この「株式会社」の文字は、法人格の種類を表す文字であり、株式会社の商号中には「株式会社」の文字を用いる必要があり、株式会社以外の商号中には「株式会社」の文字を用いることができないことは広く一般に知られている。

したがって、本件商標は、全体で一つの商号であり、「株式会社」の右に表された「河内駿河屋」の5文字が全体として一つの屋号であることは一見して明白である。

よって、本件商標においては、全体で一つの屋号を表してなる「河内駿河屋」の一体不可分なる5文字の文字部分が商標の要部であると認められる。

これに対して、請求人は、「河内」の文字は河内の国名又はその地方を表す一般的な名称であって、特別顕著性を欠くものであると述べられ、「駿河屋」の文字からなる部分が本件商標の要部であるとされている。ところが、「駿河」の文字は、乙第1号証に示すように、駿河の国名又はその地方を表す一般的な名称である。したがって、旧国名又はその地方を表す一般的な名称で特別顕著性を欠くという理由のみによって、叙上の如く極めて一体性の強い構成を有する「河内駿河屋」の5文字から「河内」の部分のみを取り出し、同様に一般的な名称である「駿河」を含む「駿河屋」を要部とするといういわゆる分離観察には無理がある。「河内」と「駿河」という二つの旧国名を一体不可分に結合して屋号となしたものが、「河内駿河屋」の5文字である。

また、請求人は、請求書の申立の理由において、「河内駿河屋」の5文字中、その駿と屋の文字とがやや行書になされていると述べられている。

ところが、「河内駿河屋」の5文字の書体は、いずれも同一の書体である。即ち、線の太、細を強調した独特な筆使いで、「河内駿河屋」の5文字が表されている。しかも「河内」の「河」と「駿河」の「河」とは、完全に同一のものが使用されている。したがって、二つの「河」の同一性により、「河内駿河屋」の一体性は、視覚上一層強められている。

以上、本件商標においては、「河内駿河屋」の5文字が被請求人の屋号であり、かつ、商標の要部である。「河内」と「駿河」という二つの旧国名を一体不可分に結合してなる屋号が、「河内駿河屋」である。屋号は、人格を示す機能を有するため、本来的に一体性が強い。「河内駿河屋」は菓子の製造・販売者たる株式会社河内駿河屋の屋号であり、本来的に一体性が強い上に、前述したとおり、その構成上の5文字の結合は強く、二つ以上に分離して観察されることはあり得ない。

よって、本件商標の要部は「河内駿河屋」の一連一体に表された5文字にあり、「駿河屋」の部分のみを分離して抜き出し、これを本件商標の要部であるとすることはできない。

和菓子の取引分野においては、屋号を表す文字の前に2つの単語を付加してなる屋号が多数存在し、これらはいずれも全体で1つの出所を表示するものと認識され、その夫々は別個の屋号であると認識されているものである。

このような取引の実情において屋号を示す商標の最前部分に配置されている「河内」の2文字が無視されることはあり得ず、本件商標は常に引用商標とは別個の出所を表すものと認識される。

<2> 請求人は、本件商標は請求人の営業にかかる商品と混同を生ずるおそれのある商標であり、商標法4条1項15号の規定に該当すると述べられている。

しかしながら、5文字からなる「河内駿河屋」の屋号と、3文字からなる「駿河屋」の屋号との相違は一見、一聞にして明かである。よって、本件商標は、「河内駿河屋」の5文字が一体不可分のものと認識されるものであり、「駿河屋」とは明確に区別され、相紛れるおそれはなく、本件商標が請求人の営業にかかる商品と混同を生ずるおそれはない。

<3> 請求人は、本件商標が駿河屋なる商標との関係において、商標法4条1項10号の規定に該当するものであると述べられている。

ところが、本件商標は前述のとおり、商標「駿河屋」とは明確に区別される構成を有するものである。

よって本件商標は、いずれの無効理由にも該当しない。

(5)  そこで、本件商標の登録を無効とすべき理由の有無について判断するに、本件商標は別紙に表示したとおり「株式会社」の文字と「河内駿河屋」の文字を組合せた構成よりなるものである。

しかして、本件商標は全体として商号商標として認識されるとともに、法人格を表す「株式会社」の文字部分がしばしば省略されることはあっても、これに続く「河内駿河屋」の文字部分は、「河内」と「駿河」の旧国名を表す文字の結合が堅く、一つの屋号を表示するものとして把握されるものとみるのが自然である。そして、該構成全体より生ずると認められる「カブシキガイシャカワチスルガヤ」の称呼及び「河内駿河屋」の文字に相応して生ずる「カワチスルガヤ」の称呼も格別冗長というべきものでなく、いずれもよどみなく一連に称呼し得るものであり、他に構成中の「駿河屋」の部分のみが独立して認識されるとみるべき特段の事情は見出せない。

そうとすれば、本件商標は、構成文字に相応して「カブシキガイシャカワチスルガヤ」(株式会社河内駿河屋)の称呼、観念のほか、「カワチスルガヤ」(河内駿河屋)の称呼、(観念)を生ずると認められるものである。

してみれば、本件商標より「スルガヤ」(駿河屋)の称呼、観念をも生ずるとし、そのうえで両商標が称呼、観念上類似するものとして本件商標の登録が商標法4条1項11号の規定に違反してなされたものである旨の請求人の主張は認めることができない。

また、請求人の業務に係る商標「駿河屋」(引用商標)が商品「羊羹」について一般に広く知られていることは提出の各証拠によって認め得るとしても、前述の如く本件商標と引用商標とは明かに区別し得る別異のものであると認められる以上、本件商標をその指定商品について使用しても、これに接する取引者、需要者をして請求人の取扱いに係る商品であるかの如く商品の出所について混同を生じさせるおそれがないものとみるのが相当であり、他に両者が混同を生ずるとみるべき特段の事由は見出し得ない。

したがって、本件商標は、商標法4条1項10号、同11号及び同15号に該当するものではないから、その登録は同法46条1項により、無効とすべき限りでない。

3  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(4)は認める。同(5)は争う。

審決は、本件商標より生ずる称呼及び観念の認定を誤って引用商標との類否判断を誤り、また、本件商標をその指定商品に使用しても、商品の出所について混同を生じさせるおそれはないものと誤って判断して、本件商標は商標法4条1項10号、11号、15号に該当するものではないとしたものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  本件商標の観念についてみると、本件商標中の「河内」は、広辞苑によると、「旧国名。五畿の一。今の大阪府の東部。河州。」とあって、旧国名を観念すること、また、「河内鍬。河内木綿。」に代表されるように、「河内」の文字が産地または販売地を表していると解されていることから、本件商標中の「河内」についても同様に、産地または販売地を表示しているものと認められる。

「駿河屋」は、広辞苑によると、「紀州徳川家御用の菓子屋。羊羹・本の字饅頭が有名。」とあり、原告の商標「駿河屋」は、煉羊羹等の菓子一般の営業、及びその商品を表彰する商標として周知著名であるから、本件商標中の「駿河屋」は、和菓子の取引分野において周知著名な「駿河屋」を意味するものと認められる。

本件商標の称呼についてみると、「株式会社河内駿河屋」は15音であり、これを全体として一連に称呼するには余りに冗長であり、また、「河内駿河屋」のみをとっても、これは「河内」と「駿河屋」の二語からなるものであるところから、「カワチ」と「スルガヤ」と二つに分断して発音される可能性がある。

以上によれば、本件商標中の「河内」が店舗ないし工場の所在地を表しているものと考えられ、また称呼のうえからも「カワチ」と「スルガヤ」と分断して発音される可能性があることから、「河内」は識別力が弱く、「河内」に比べ識別力の強い「駿河屋」に重きがおかれ、本件商標中の「駿河屋」の文字部分のみが独立して認識されることになるのである。

したがって、本件商標から「スルガヤ」の称呼、及び羊羹等和菓子の老舗「駿河屋」の観念が生ずることは明らかであるから、本件商標は商標法4条1項10号、11号に該当するものというべきである。

また、「駿河屋」という商標の周知著名性、取引の実態からすると、本件商標のうち「駿河屋」の部分がまさに要部であり、原告、あるいは原告を母体とする企業グループの一員であると認識されるのが自然である。

したがって、本件商標は商標法4条1項15号に該当するものというべきである。

(2)<1>  被告の主張する裁判上の和解において、原告が被告に対し、「河内駿河屋」の商標について登録出願の許諾を与えたことはあり得ないし、また、「駿河屋」の商標の一共有者である原告は、上記出願の許諾を与えるべき権限を有していない。

<2>  被告は、商標法4条1項10号、11号、15号は私益規定であり、原告が「河内駿河屋」の商標の使用を認めた以上、本件商標は上記各規定に該当しない旨主張するが、上記各規定は私益保護の趣旨もあるものの、その本旨は、取引需要者が商品の出所を誤解しないようにするためのもので、取引需要者の保護を目的とする公益的なものであり、商標権者等の承諾があっても上記各規定は適用されるものである。

<3>  被告は、原告の商標とその他の駿河屋会の構成員が使用する商標とは非類似のものとして認識して取引されており、また、原告の商標とその他の駿河屋会の構成員との間に出所の混同はあり得ないのであるから、引用商標と本件商標とは非類似であり、また、原告の商標と被告の商標との間に出所の混同はあり得ない旨主張するが、駿河屋会の構成員は「駿河屋」の商標の使用を認められているのであるから、類似とか混同という問題は生じないのであって、本件商標の場合と同列に論ずることはできない。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1及び2は認める。同3は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  商標法4条1項10号、11号、15号はいずれも私益規定である。

ところで、原告と被告間の和歌山地方裁判所昭和33年(ワ)第457号商号等使用禁止請求事件において、昭和48年3月26日、裁判上の和解が成立し、被告は原告から、「株式会社河内駿河屋」の商号と商標の使用を許されたが(乙第3号証第1条)、上記許諾には商標登録の出願を含むことは当然である。

したがって、本件商標は上記各規定に違反して登録されたことを前提とする本件無効審判の請求は理由がないものであり、本件商標は上記各規定に該当しないとした審決の判断は正当である。

(2)  仮に、上記裁判上の和解により、本件商標について商標登録出願をすることまでは許諾されていなかったとしても、上記のとおり、商標法4条1項10号、11号、15号はいずれも私益規定であって、原告が被告に対し、「河内駿河屋」の商標の使用を認めた以上、本件商標は上記各規定に該当しない。

(3)  本件商標は、審決も認定しているように、「河内駿河屋」と全く同じ大きさの文字を同じ間隔で使用しており、称呼において「カワチスルガヤ」と一連に称呼せしめ、かつ、観念されるものであるから、引用商標と非類似であることは明らかである。

また、原告は、原告とは別個の経営体である、株式会社大阪の駿河屋、合資会社駿河屋、有限会社伏見駿河屋、京都駅前駿河屋、宇治駿河屋、先斗町駿河屋、三条駿河屋、稲荷駿河屋、二条駿河屋に対して、それぞれの土地の名称を接頭語として使用することなどを条件として、「駿河屋」の商標の使用を認めているが、原告の商標とこれらの商標とは、非類似のものと認識され、また、商品の出所の混同を生じさせないものとされているが、そうである以上、引用商標と本件商標とは非類似であるし、また、原告の商標と被告の商標との間に出所の混同はあり得ないものというべきである。

さらに、前記和解成立後の本件商標の使用の実態から、本件商標自体著名なものとなっていて、原告の商標との区別が可能となっている。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録・証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1及び2、並びに審決の理由の要点(1)ないし(4)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  上記1に説示のとおり、引用商標は、本件商標の商標登録出願の日前の商標登録出願に係る登録商標である。

また、成立に争いのない甲第2号証、第4号証、第5号証、第8号証の1・2、第11号証の1ないし4、第14号証の1ないし4、第15号証の1ないし5、第16号証の1ないし3、第17号証の1・2、第18号証の1・2、第19号証の1ないし3、第20号証の1ないし3、第21号証の1ないし3、第22号証の1ないし3、第23号証の1・2、第24号証の1ないし3、第25号証の1ないし3、第26号証の1ないし3、第27号証の1ないし4、第83号証の1ないし15、第105号証、乙第1号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第3号証、第6号証の1ないし5、第7号証の1ないし5、第9号証の1ないし3、第10号証の1ないし5、第12号証の1ないし5、第13号証の1ないし5、第28号証の1・2、第29号証ないし第47号証、第48号証の1・2、第49号証、第50号証の1・2、第51号証ないし第62号証、第63号証の1ないし3、第64号証ないし第67号証、第70号証ないし第74号証、第75号証の1・2、第76号証ないし第80号証、第86号証、並びに原告代表者本人尋問の結果によれば、原告の前身は紀州徳川家御用の菓子屋「駿河屋」であって、原告が使用している「駿河屋」、「総本家 駿河屋」の商標は、原告の取扱商品である和菓子、特に「羊羹」を表示するものとして、本件商標の商標登録出願当時にはすでに需要者の間に広く認識されていたものであり、現に周知著名であることが認められる。

そして、本件商標に係る指定商品が、引用商標の指定商品や原告の上記取扱商品と同一又は類似していることは明らかである。

(2)  本件商標は別紙表示のとおりであって、「株式会社」を小さく二段に表示し、その右側に「河内駿河屋」の文字を、同一の書体、同一の大きさをもって等間隔に横書きしてなるもので、「株式会社」、「河内」、「駿河屋」の語よりなるものであることはその構成自体から明らかである。

そして、本件商標の上記構成文字の全体からは、「株式会社河内駿河屋」に相応して「カブシキガイシャカワチスルガヤ」の称呼、及び法人組織としての「株式会社河内駿河屋」の観念が生ずるものと認められる。また、「株式会社」の語は法人格の種類を表すものであって特別顕著性を有するものではないことから、「株式会社」の文字部分が省略され、「河内駿河屋」の文字に相応して「カワチスルガヤ」の称呼が生ずることがあることも否定できない。

しかし、「河内」の語は「旧国名。五畿の一。今の大阪府の東部。河州。」の意味である(岩波書店発行「広辞苑」による。)ことからしても、特定の地域名を示すもので、それ自体の自他商品識別力が強いとは認め難いこと、上記(1)に認定の事実によれば、「駿河屋」の語は原告の取り扱う和菓子の商標として需要者の間に広く知られており、また、和菓子の老舗を想起させるものであって、需要者に強い印象を与えるものと認められること、「河内駿河屋」に一体としての熟語的意味あいがあるとは認められないことからすると、本件商標中の「河内」は「駿河屋」の一販売地を表示しているものと解される場合があり、本件商標からは、より自他商品識別力の強い「駿河屋」の文字部分のみが独立して認識されることもあるものと認めるのが相当であり、本件商標から、「スルガヤ」という称呼及び和菓子の老舗としての「駿河屋」の観念が生ずることもあり得るものと認められる。

そうすると、本件商標は、引用商標及び原告の周知商標(「駿河屋」)と称呼、観念において類似しているものというべきである。

さらに、本件商標は、原告の周知商標である「駿河屋」を含むものであり、かつ、本件商標の指定商品は原告の取扱商品と同一又は類似するものであるから、被告が本件商標をその指定商品に使用すれば、原告の商品であると誤認し、あるいは原告と経済的または組織的に何らかの関係がある者の商品であると誤認し、その商品の需要者が商品の出所について混同するおそれがあるものと認められる。

したがって、本件商標は、商標法4条1項10号、11号、15号に該当するものというべきである。

(3)<1>  被告は、裁判上の和解により、原告から、本件商標の商標登録出願をすることの許諾を得ている旨主張するので、この点について検討する。

原本の存在及び成立に争いのない乙第3号証、成立に争いのない乙第4号証、第5号証の1・2・4、同号証の3の1ないし5、第178号証、第181号証、被告代表者本人尋問の結果によれば、被告代表者桝井彌太郎は岡本谷雄と共同で、昭和25年4月に「京都駿河屋大阪店」の商号で菓子の製造・販売業を始め、昭和30年6月11日に法人組織「株式会社京都駿河屋大阪店」としたこと、昭和33年に原告は株式会社京都駿河屋大阪店に対し、同商号等の使用差止めを求める訴えを提起したこと(和歌山地方裁判所昭和33年(ワ)第457号事件)、同訴訟において、昭和48年3月26日、ⅰ)株式会社京都駿河屋大阪店(以下、本項においては「被告」という。)は昭和48年11月1日限り商号を「株式会社河内駿河屋」と変更し、かつ、被告製造にかかる商品菓子について「河内駿河屋」の商標を使用するものとし、原告はこれに異議なきものとすること、ⅱ)被告は、上記ⅰ)の商号及び商標と、原告又は他の駿河屋の商号及び商標との混同を避けるものとし、ⅰ)の商号及び商標の使用に際して「河内」と「駿河屋」の文字の大きさ、太さ、墨色、書体を異にする等の方法で第三者をして「駿河屋」たる文字のみに対する印象を深めることをしてはならず、「河内駿河屋」の商号及び商標を一体として認識させるよう使用するものとし、「河内」と「駿河屋」とを分離して認識させ又は印象づけるような一切の行為をしてはならないこと、ⅲ)原告及び被告は相互に被告の商品営業と原告又は他の駿河屋の商品営業と混同を生ぜしめるような一切の行為をしてはならないこと、ⅳ)被告は、上記ⅰ)の商号及び商標を他に使用させたり譲渡したりしないこと、ⅴ)被告が上記約定に違反し、これによって河内駿河屋と原告又はその他の駿河屋と商号、商標を混同させた場合は、原告は被告に対し右混同を生ぜしめる行為の差止めを請求することができること、但しいかなる場合でも上記ⅰ)の商号及び商標の使用の差止めを請求することはできないこと、などを内容とする裁判上の和解が成立したこと、しかして被告は、昭和48年11月1日、商号を「株式会社河内駿河屋」と変更したこと(変更登記は11月2日)、の各事実が認められる。

上記認定の事実によれば、上記裁判上の和解により、被告は、その取扱商品に「河内駿河屋」の商標を使用することの許諾を得たことは明らかであるところ、上記乙第181号証及び被告代表者本人尋問の結果中には、被告の上記主張に沿う記載及び供述部分が存する。

しかし、上記事件の和解調書(乙第3号証)中には、被告が本件商標あるいは「河内駿河屋」の商標について商標登録出願をすることを原告において許諾する旨の明示の記載はなく、上記ⅰ)の条項が当然に本件商標あるいは「河内駿河屋」の商標の商標登録出願についても許諾しているものとは解されないこと、商標登録出願につき許諾を得ていたとすれば、上記商号の変更登記手続と同時か、少なくともその後短時日のうちにその手続がなされてしかるべきものと考えられるが、本件商標につき商標登録出願がなされたのは、昭和51年5月10日であって、商号の変更登記手続後2年半も経過していること、上記期間の経過について被告側から得心のいく事情説明はないことからすると、上記乙第181号証の記載及び被告代表者本人の供述部分はたやすく信用することができない。

他に、被告主張の上記事実を認めるに足りる証拠はない。

<2>  次に被告は、仮に、上記裁判上の和解により、本件商標について商標登録出願をすることまでは許諾されていなかったとしても、商標法4条1項10号、11号、15号はいずれも私益規定であって、原告が被告に対し、「河内駿河屋」の商標の使用を認めた以上、本件商標は上記各規定に該当しない旨主張する。

商標法4条1項10号の規定の趣旨が、周知商標という既存商標の使用状態の私益保護という側面をもっていることは否定できないが、周知商標を保護することによって商品の出所混同の防止という効果をももたらすものであって、公益的な性格も有しているものと解される。また、同項11号は先願の商標権者を保護するとともに、一般取引者、需要者が商品に関して誤認混同するようなことがないことを期したものであると解されるし、同項15号も同様に私益保護のための規定であるとともに、商品の出所混同を防止することを意図した公益的側面をも有していることは否定できないものと解される。

そして、上記各規定の趣旨・性格をどのように解するにせよ、周知商標や先願商標と類似し、商品の出所混同を生ずるおそれのある商標については、周知商標の使用者あるいは商標権者の承諾があっても、上記各規定に該当するものと解すべきところ、本件商標は原告の周知商標や引用商標に類似し、本件商標の使用は商品の出所混同を生ぜしめるおそれがあるものであるから、「河内駿河屋」の商標につき原告の使用許諾があるからといって、本件商標が上記各規定に該当しないということはできない。

したがって、被告の上記主張は採用できない。

<3>  被告は、本件商標は全く同じ大きさの文字を同じ間隔で使用しており、「カワチスルガヤ」と称呼、観念されることを理由として、引用商標と非類似であることは明らかである旨主張するが、上記(2)に説示したとおり採用できない。

また被告は、原告の商標と、「駿河屋」の商標の使用を認められている株式会社大阪の駿河屋や宇治駿河屋などの商標とは、非類似のものと認識され、また、商品の出所混同を生じさせないものとされている以上、引用商標と本件商標とは非類似であり、原告の商標と被告の商標との間に出所の混同はあり得ないし、前記和解成立後の本件商標の使用の実態から、本件商標自体著名なものとなっていて、原告の商標との区別が可能となっている旨主張する。

原本の存在及び成立に争いのない甲第84号証、第85号証、第101号証の1、成立に争いのない甲第101号証の2・3、原告代表者本人尋問の結果と同尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第102号証、第103号証、第106号証の1ないし3、被告主張の写真であることに争いのない乙第154号証の1ないし5、第156号証の1ないし4、第157号証の1ないし5、第159号証の1ないし3、第160号証の1ないし4、第161号証の1ないし4、第162号証の1ないし6、第163号証の1ないし4、第164号証の1ないし6、第165号証の1ないし4、第166号証の1ないし5、第168号証の1ないし4、第169号証の1ないし3、第171号証の1ないし4、第172号証の1ないし4、第173号証の1ないし3、第174号証の1ないし4、第175号証の1ないし3、第176号証の1・2、第177号証の1ないし3、被告主張の栞であることに争いのない乙第155号証、第158号証、第167号証、第170号証によれば、引用商標は、原告、株式会社大阪の駿河屋、合資会社駿河屋、有限会社伏見駿河屋及び岡本邦二郎(京都駅前駿河屋)の共同出願に係るものであること、昭和32年4月24日、直系である原告、分家である株式会社大阪の駿河屋、合資会社駿河屋、有限会社伏見駿河屋及び京都駅前駿河屋、別家(のれん分けを受けたもの)である宇治駿河屋、先斗町駿河屋、三条駿河屋、下里駿河屋、稲荷駿河屋、二条駿河屋及び堺駿河屋は、相互の親睦を図ると共に老舗駿河屋の伝統を守り、商号及び商標権の確保に協力し共存共栄を図ることを目的とする駿河屋会を創立したこと、上記各分家は引用商標の共有権者として、各別家は駿河屋会の構成員として、「駿河屋」の商標を使用することができ(但し、堺駿河屋は現在営業しておらず、非会員となっている。)、株式会社大阪の駿河屋は「大阪本家 大阪の駿河屋」、「大阪の駿河屋」の商標を、合資会社駿河屋は「駿河屋」の商標を、有限会社伏見駿河屋は「伏見」を小さく表した「伏見駿河屋本店」、「伏見 駿河屋」の商標を、京都駅前駿河屋は「京都駅前駿河屋」の商標を、宇治駿河屋は「宇治駿河屋」の商標を、先斗町駿河屋は「先斗町駿河屋」、「京先斗町駿河屋」の商標を、三条駿河屋は「京三条駿河屋」の商標を、下里駿河屋は「するがや下里」等の商標を、稲荷駿河屋は「稲荷駿河屋」、「駿河屋」の商標を、二条駿河屋は「二条駿河屋」の商標をそれぞれ使用していることが認められる。

ところで、原告や上記分家、別家が使用する商標に「駿河屋」の文字が表示されることによって、一般需要者には、上記の者らが取り扱う商品は老舗である駿河屋の商品、あるいは駿河屋と経済的または組織的に何らかの関係のある者の商品であると認識され、事実そのとおりなのであるから、その点において、商品の出所混同のおそれという問題は生じない。

これに対し、被告が本件商標中に「駿河屋」の文字を用いることによって、一般需要者からみると、被告の取扱商品は、老舗である原告と経済的または組織的に何らかの関係のある者の商品であると認識される場合もあるものと推認されるところ、被告は本件商標中に「駿河屋」という文字の使用を許諾されたものであるとしても、被告と原告とは経済的または組織的に何らの関係も存しないのであるから、一般需要者をして上記のように認識させるということは、商品の出所について混同のおそれを生じさせるものというべきであり、その意味で、本件商標は原告の周知商標や引用商標に類似しているものというべきであって、被告の上記主張は採用できない。

前記乙第178号証、成立に争いのない乙第179号証、第205号証ないし第321号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第109号証の1ないし3、第110号証、第111号証の1ないし3、第112号証の1・2、第113号証の1ないし3、第114号証の1・2、第115号証の1ないし3、第116号証の1ないし3、第117号証の1・2、第118号証の1・2、第119号証ないし第127号証、第128号証の1ないし30、第140号証ないし第144号証、第145号証の1ないし33、第146号証の1ないし11、第147号証の1・2、第148号証の1・2、第149号証の1・2、第150号証の1・2、第151号証の1・2、並びに被告代表者本人尋問の結果によれば、被告は、前記和解成立後現在に至るまで、その取扱商品に本件商標を使用して広告宣伝していることが認められるが、この事実をもってしても、いまだ本件商標と引用商標との類似性や、商品の出所混同の生ずるおそれを否定することはできない。

また、乙第324号証ないし第525号証(いずれも証明書)には、本件商標を付した商品は被告の取扱商品であると取引者、需要者に広く認識されていて、「駿河屋」等の他の商標を付した商品とは異なる出所に係るものであると取引者、需要者に明確に区別されている旨の記載があるが(乙第6号証ないし第108号証にもほぼ同旨の記載がある。)、叙上認定、説示したところに照らして採用することができない。

(4)  以上のとおりであるから、本件商標は商標法4条1項10号、11号、15号に該当するものではないとした審決の判断は誤りであり、原告主張の取消事由は理由がある。

3  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙

<省略>

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